先進国で政治がラディカルになっている理由を考える
吉田徹(同志社大学教授)
アメリカやヨーロッパ諸国でいま、移民排外主義などのラディカル(急進的)な主張が勢いを増している。なぜリベラルな価値観が重んじられる先進国で、極右的な発言や政党への支持が集まっているのか。政治学者の吉田徹氏は、その背景に、高い失業率だけではなく、社会や政治の変化に取り残された人々の不安があるという。世界的なポピュリズムのうねりを生み出している人々の不安とは何か、吉田氏が解説する。
保守、リベラル双方に巻き起こるポピュリズムの嵐
「年2万5000ドル(約285万円)以下の収入の単身世帯の所得税はゼロにする」
「全国の最低賃金を時給15ドル(約1700円)とし、週40時間以上働く者の貧困を根絶する」
前者は、アメリカの共和党大統領予備選挙で台風の目となったドナルド・トランプの公約、後者は対する民主党予備選に出馬したバーニー・サンダースの公約だ。予備選が始まるまで、トランプ、サンダースともに、そのラディカルな主張から泡沫(ほうまつ)候補と目されていたのが、今では本命候補の一角を切り崩すまでの勢いをみせている。トランプは、隣国メキシコとの間に壁を造って移民流入を防ぎ、イスラム教徒の入国も全面禁止にするべきと主張するなど、過激な物言いで話題の的になった。サンダース候補は、最高税率を90%にまで引き上げ、大学の一部無償化を唱える、自他ともに認める「民主社会主義者」である。とりわけ自由の原則を重んじて、国民への保険加入を義務付けるオバマケアすらも強い反対を招くアメリカで、個人の自由よりも社会での平等を訴えるサンダースは、日本的にいえば極左の部類に入れられる。
トランプとサンダースの台頭は、アメリカの保守とリベラルの両陣営のそれぞれ内部でラディカルなポピュリズムの嵐が巻き起こっていることを意味する。もっとも、主流派がラディカルな政治に押されているのは何もアメリカだけではない。ヨーロッパをみれば、イギリスの極右政党のイギリス独立党(UKIP)やフランスの国民戦線(FN)が移民受け入れ制限や経済主権の回復を訴え、二大政党に次ぐ地位を占めるまでになった。イギリスの最大野党の労働党党首には、富裕層への増税や国有化を訴えるジェームズ・コービンが選出されている。ギリシャでは極左政党のシィリザ(急進左派党)が政権を担うまでになっている。昨年末に総選挙を迎えたスペインでは、極左のポデモスが二大政党に肉薄し、安定政権の樹立がみえていない。
ポピュリズムの温床となっている生活不安
欧米でなぜ、このような政治的ラディカリズム(急進主義)が勢いを増しているのかは、短期、中期、長期にわたる三つの理由が挙げられる。
ひとつは、2008年のリーマン・ショックと続く経済不況の余波が続いていることにある。リーマン・ショックまで下降していたヨーロッパ各国の失業率は反転し、10年には10%の大台を超えて、フランスやスペインで過去最悪の水準にまで達しようとしている。実質可処分所得も、2010年頃から持ち直しているとはいえ、08年前の水準には達していない。
こうした経済不況下で真っ先に犠牲となるのは、若年層と高齢層である。スペインの若年層(18~24歳)の失業率は約50%、イタリアでは40%、フランスでは25%にものぼっている。OECDは2007年以降、先進国全体で若年層の失業者は3割ほど増加したと報告している。
職を得る機会が奪われれば、貧困も広がっていく。イギリスでは、世帯全体の貧困率は08年以降に17%とやや減少したのに対して、若年層の貧困率は増加して09年に20%を超えるまでになった(ここでいう貧困率とは、所得移転後に所得中央値の6割以下の所得しかないということ)。65歳以上の高齢層をEU全体でみた場合、その15%が貧困ライン以下で生活しており、若年層と同じく、その割合はスペインやイギリスでは20%にのぼっている。
アメリカは、労働市場の構造や社会保障の制度がヨーロッパと大きく異なるために簡単な比較はできないが、例えば一流大学の学費は中間層の平均年収(約4万5000ドル)に達しており、ここから全米の学生ローンの総額も04年から12年にかけて3倍近くにまで増えている。借金をしなければ高等教育が受けられず、格差も解消できないことを意味する。15年、アメリカの失業率は過去数年でもっとも低くなったが、若年層の失業率はむしろ上昇してしまった。「ミレニアム世代」ともいわれる、このような若者の苦難は、11年9月から各地で広まり、金融街での占拠と抗議を行う「オキュパイ・ウォールストリート(OWS)」運動としても表れた。
生活不安はいつの時代も、政治的なラディカリズムを呼び込みやすい。それはとりもなおさず、政権を握っている政党が保守であろうが左派であろうが、人々の雇用を守り、人生の見通しを与えるという、生活環境を守ることに失敗するからだ。日本とは比較にならないほどの格差と失業は、党派に関係なく既存政党や主流派に対する政治不信を巻き起こし、ポピュリズム政治の温床ともなる。
その場合、若者は比較的極左を支持し、反対に高齢層は比較的極右政党を支持する傾向にある。アメリカでも、トランプ候補を支持するのは男性の高齢者が多く、サンダース候補を支持しているのは主として若者であるという世論調査があるが、これはいずれも不況の相対的な敗者が社会のこのふたつの弱者層に集中していることの証でもある。両者の差を分けるのは、若者のようにリベラルな価値を重んじるか、高齢者のように権威的な価値を重んじるかの違いといえる。
保守と革新の垣根を取り払った「リベラル・コンセンサス」
もっとも、政治的なラディカリズム台頭の理由が経済不況だけで説明できるかといえば、必ずしもそうではない。近年の政治的ラディカリズムやポピュリズムの特徴は、経済的側面だけではなく、個々人の文化的アイデンティティーや文化的な不安を原動力としていることが新しい。
どういうことか。第二次世界大戦後、多くの国で議会政治と政党政治が定着し、保守と左派政党との間の政権交代が常態化していった。もっとも、グローバル化と個人主義が当たり前のものとなっていった1990年代以降、左派の社民政党の経済政策は、グローバル化の影響もあって経済的な意味でリベラルになり、保守政党のそれとの違いを薄いものにしていった。その典型は、97年に18年ぶりに政権復帰を果たしたイギリス労働党(ニューレーバー)が掲げた「第三の道」路線だった。
反対に保守政党は、個人の自己決定権や人権を重視する志向が高まったことで、文化的な意味でのリベラル色を強め、職場や家族といった伝統的な共同体よりも、個人を単位とする社会政策を進めていった。伝統保守のネオ・リベラリズムへの転換と言い換えても良い。その典型は、環境政策に力を入れて脱原発を実現したり、史上初となる最低賃金制度を導入したりした、ドイツのCDU(キリスト教民主同盟)である。国によって程度はあるものの、そもそも、戦後期の高度成長が一服してサービス産業化が進展すると、熟練工を中心とした労働者階級は縮小していき、さらに働き方や生活スタイルも多様化し、女性の社会進出などもあって、権威主義的な価値観はもはや通用しなくなっている。そうした環境変化は、伝統的な保守と左派による政治の垣根を取り払い、経済と文化領域での「リベラル・コンセンサス」が実現していった。
保守と革新の伝統的支持者層による反乱
著者情報
同志社大学教授
吉田徹
よしだ とおる
1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(2008年、法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(2009年、光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(2011年、NHK出版)、『感情の政治学』(2014年、講談社)、『「野党」論』(2016年、ちくま新書)、『アフター・リベラル』(2020年、講談社現代新書)などがある。