動き出す「徴用工」問題――日韓交渉を見るポイントは何か
矢野秀喜(強制動員問題解決と過去清算のための共同行動事務局)

はじめに
2022年11月13日、カンボジアで開催されたASEAN(東南アジア諸国連合)関連首脳会談に出席した岸田文雄首相は、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領と3年ぶりに日韓首脳会談をもちました。この会談で、両首脳は「(両国間の懸案について)速やかな解決に向けて協議を続けていくこと」を確認しました。
ここで言う「懸案」とは、いわゆる「徴用工」問題を指しています。
「徴用工」問題が日韓の大きな「懸案」となったのは、韓国の大法院(最高裁)が、2018年11月、元「徴用工」4人の訴えを認めて、被告の日本企業・新日鉄住金(現・日本製鉄)に慰謝料の支払いを命じたことからです。正確に言うと、大法院は13年7月のソウル高等法院(高裁)判決を支持し、新日鉄住金の上告を棄却したのです。18年11月には、同様の大法院判決が三菱重工業で働かされた元女子勤労挺身隊の元隊員の訴訟でも出されました。
日本政府はこれに反発し、日韓関係は最悪となり、首脳会談が開かれない状況が続いたのです。
しかし韓国で22年5月に尹錫悦政権が誕生して以降、日韓両政府は様々なレベルで日韓関係の改善、「徴用工」問題の解決に向けて協議を重ねています。そう遠くないうちに、何らかの合意に至る可能性は大であると思われます。
しかし、その「解決」はどのようなものになるのか。具体的なゴールはまだはっきりしていません。そもそも、あるべき解決はどのようなものなのか。実際に実現可能な方法はどのようなものなのか。本稿では、皆さんがそれを考える上でのポイントを提示してみたいと思います。
ポイント1 そもそも「徴用工」とはどのような人たちか
そもそも、「徴用工」問題とはどのような「問題」でしょうか。
1930年代から1945年にかけて、日中戦争、太平洋戦争と戦火が広がる中で、日本本土では労働力が不足するようになりました。そのため、日本政府は動員計画を策定。その支援を受けた日本企業は、人が集まらない炭鉱や建設現場、軍需工場などに、日本の植民地だった朝鮮半島から多くの若者たちを動員しました。これを「戦時労務動員」と言います。
この際、日本の内務省の役人さえも「人質的掠奪的拉致」と呼ぶような「強制連行」が横行しました(注1)。当時、朝鮮総督府で財務部長を務めた水田直昌は、「トラックを持って行き、巡査を連れて行って、村からしょっぴいて来る」という具合に連れてきたことを語っています(注2)。
労働現場では、自由を奪って暴力を振るう「強制労働」が横行しました。朝鮮総督府嘱託の鎌田沢一郎は、「生き地獄みたいな“タコ部屋”にとじこめて、骨と皮ばかりになるまでこき使ったあげく、朝鮮人の労務者がその命脈をつきさせてしまうと、その遺骨を粗雑な小包にして故郷に送りつける」と当時を回想しています。「タコ部屋」とは、労働者を監禁して労働させる場所を指す言葉です(注3)。
戦時労務動員には、法的には「募集」(39年9月~)、「官斡旋(かんあっせん)」(42年2月~)、「徴用」(44年9月~)という3つの段階がありましたが、強制連行・強制労働の実態は「募集」の段階から始まっていました。「徴用工」という表現は、「募集」から始まる動員された人たちの全てを指して使われます。
多くの朝鮮の若者が、こうした強制連行・強制労働の犠牲者になりました。
大法院で勝訴した4人の元「徴用工」の原告も同様です。実は彼らのうち2人は以前、日本でも裁判所に訴えています。大阪高裁は彼らの訴えを棄却しましたが(理由は後述)、その被害事実については判決の中で以下のように認めています。
「(動員された現場での)労働内容は、技術を習得させるという日本製鉄の事前説明から予想されるものとは全く異なる劣悪なもの」
「常時、日本製鉄の監視下に置かれて、労務からの離脱もままならず、食事も十分には与えられず、劣悪な住環境の下、過酷で危険極まりのない作業に半ば自由を奪われた状態」
「1日のうち12時間も土木工事に携わるというさらに過酷な労働」
「強制労働に該当し、違法といわざるを得ない」
この裁判以外でも、元「徴用工」が日本で起こした裁判がいくつかあります。被害事実を認定した判決もあります。つまり、「徴用工」問題には実際に被害者がいるのです。それは疑いようがありません(注4)。
ポイント2 日本の司法・政府と韓国大法院の判断の違いはどこにあるのか
次に考えるべきなのは、被害者の訴えについて、日韓両国の司法判断や政府の見解が大きく異なるということです。
先に、大法院で勝訴した原告らが日本の裁判でも訴えたと言いました。彼らが求めたのは、未払い賃金等の支払い、強制動員に対する慰謝料、謝罪でした。これに対して大阪高裁は2002年11月、彼らの訴えを棄却する判決を出しました(03年10月、最高裁で確定)。理由としては、戦前の「日本製鉄」と現在の新日鉄(03年当時)は別会社であって債務を引き継いでいない(「別会社」論)といったことなどが挙げられています。
他の元「徴用工」が日本で起こした裁判も、いずれも敗訴しています。その理由として、「別会社」論の他に、原告の損害賠償請求権が時効、日韓請求権協定によって消滅していることを挙げたものがあります。
1965年、日韓両国は国交正常化に伴って「日韓請求権協定」という協定を結びました。そこには、両国間の「財産、権利及び利益」並びに「請求権」に関する問題 が「完全かつ最終的に解決された」と書いてあるのです。「財産、権利及び利益」に対する「措置」や「請求権」 に関して、今後は「いかなる主張もすることができない」ともあります。
ただし、日本政府の見解でも、これはあくまで、政府が自国民のために財産問題で相手国に請求する「外交保護権」を否定したもので、個人の請求権自体は消滅していません(一方で、その救済を裁判で求める権利は消滅したとしています)。
では、韓国・大法院判決はどういう論理に立っているのでしょうか。
大法院判決も、大阪高裁と同様に原告の被害事実を認めます。当時、未成年も含む原告らが、労働内容や環境についてよく理解できないまま日本政府と旧日本製鉄の組織的な「欺罔(ぎもう:あざむき、だますこと)」により動員され、暴力や危険な労働を強いられたとしているのです。
その上で、「別会社」論などについては「公序良俗」に反するとして退けました。
しかし最大の論点は、やはり日韓請求権協定によって被害者の請求権は消滅しているのかいないのかの判断です。これに対する大法院の結論は、「原告らには日本の不法な植民支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為に対する慰謝料請求権がある」というものでした。
少し説明が必要でしょう。
「日本の不法な植民支配および侵略戦争の遂行と直結した…」というくだりは、韓国憲法で定められた理念と両立しない目的で行われたという点で行為の不法性を補強していますが、論理として重要なのは「反人道的な不法行為に対する慰謝料」という点です。
大法院は、日韓請求権協定は、「サンフランシスコ条約第4条に基づき、韓日両国間の財政的・民事的な債権・債務関係を政治的合意によって解決するためのものであった」と説明します。
30数年間の植民地時代を通じて、日韓をまたぐ人や財産、資本のおびただしい移動がありました。その終結を受けて、両者の債権・債務関係を整理する必要が出てきます。日韓請求権協定は、こうした「財政的・民事的な債権・債務関係」の問題を政治的に解決するところにその趣旨があったと大法院は捉えたのです。
そうすると、財産権の問題である未払い賃金については、確かに請求権は消滅していることになりますが、監禁や暴力といった「反人道的な不法行為」に対する「慰謝料」の請求については、一般的な債権・債務関係に関わる財産の請求とは次元が異なるため、協定によっても消滅していないというのです。
これが、大法院が新日鉄住金に対して慰謝料の支払いを命じた判決の論理でした。
ポイント3 大法院判決を受けて起きた日韓両国政府の対立
著者情報
強制動員問題解決と過去清算のための共同行動事務局
矢野秀喜
やの ひでき
1995年から日本製鉄元徴用工裁判の支援に参加。以降、強制動員問題の解決に向けて裁判支援、立法化運動などに取り組む。いずれも共著で『未解決の戦後補償 問われる日本の過去と未来』『戦後70年・残される課題 未解決の戦後補償』(創史社)、『五十年目の日韓つながり直し――日韓請求権協定から考える』(社会評論社)。