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「敵基地攻撃能力保有」でミサイルは阻止できるのか

布施祐仁(ジャーナリスト)

弾道ミサイルとみられる飛翔体を移動式のミサイル発射装置から発射する様子。北朝鮮が2019年8月に公開。

 日本政府は現在、敵の攻撃を日本で迎え撃つというこれまでの防衛方針を見直し、敵国領内を攻撃する能力を保有することを検討している。9月11日、すでに辞意を表明していた安倍晋三首相(当時)が、与党とも協議しながら年末までに結論を出すとの談話を発表した。

 有事の際、日本への攻撃を阻止するために敵国の基地を攻撃することについては、歴代内閣も「法理的には自衛の範囲に含まれ、可能」としてきた。しかし現実には、日米同盟の「矛と盾」と呼ばれる役割分担のもと、敵基地攻撃はアメリカにゆだね、日本は他国に脅威を与えるような敵基地攻撃能力は保有してこなかった。日本政府が長年堅持してきたこの方針を転換し、敵基地攻撃能力の保有に踏み出そうというのである。

 談話では、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威を強調し、「迎撃能力を向上させるだけで本当に国民の命と平和な暮らしを守り抜くことが出来るのか」と問いかけている。実際、北朝鮮は日本を射程内に収める弾道ミサイルを数百発保有し、複雑な軌道で飛び、迎撃が困難な新型ミサイルの開発も進めている。さらに、ミサイルに搭載可能な小型の核弾頭も開発したと見られている。仮に、北朝鮮が日本を核ミサイルで攻撃し、1発でも迎撃に失敗して着弾すれば、甚大な被害が避けられない。だから、北朝鮮が日本に向けてミサイルを発射する前に攻撃して発射を阻止しようというわけだが、はたしてそんなことが可能なのだろうか?

「抑止力」論への疑問

 結論から言えば、北朝鮮が日本をミサイルで攻撃しようとした時に、敵基地攻撃によってそれを完全に阻止することは限りなく不可能に近い。なぜなら、北朝鮮は移動式のミサイル発射装置を多数保有しているからである。

 移動式のミサイル発射台を攻撃するには、遠隔地から巡航ミサイルを撃ち込んでも間に合わない。目標に到達する前に、移動してしまう可能性があるからだ。よって、あらかじめ対地攻撃が可能な戦闘機を敵国上空に待機させ、偵察衛星や各種偵察機、そして地上に潜入させた特殊部隊などが目標を発見次第、即時攻撃するしかない。

 米軍は湾岸戦争(1991年)やイラク戦争(2003年)でこれを行ったが、イラクのミサイル発射を完全に阻止することはできなかった。ちなみに、イラク戦争開戦前にイラクが保有していた移動式のミサイル発射台は約80台であったが、北朝鮮は現在、数百台を保有していると見られている。これらの事実は、日米共同で敵基地攻撃を行ったとしても、戦闘が完全に収束しない限り、北朝鮮のミサイルが日本に向けて発射され続ける可能性があることを意味している。

「安倍談話」は、「助け合うことのできる同盟はその絆を強くする。これによって、抑止力を高め、我が国への弾道ミサイル等による攻撃の可能性を一層低下させていくことが必要ではないでしょうか」と問いかけている。つまり、敵基地攻撃能力保有の目的は、日米同盟の強化による「抑止力」の向上にあるということだ。「抑止力」とは、相手に耐え難い損害を与える報復能力や相手の攻撃を無力化する能力を持つことで、相手に攻撃を思いとどまらせるものである。つまり、相手が先に攻撃してくるのを抑止するための軍事力である。

 では、北朝鮮がいきなり日本に先制攻撃をする可能性はあるのだろうか。すべての可能性はゼロではないが、その蓋然性は極めて低いだろう。北朝鮮と日本との間には領土問題などの係争もなく、北朝鮮がいきなり日本だけを攻撃する理由を見つけることは困難である。

 北朝鮮が日本をミサイルで攻撃することがあるとすれば、アメリカが北朝鮮を先制攻撃した時に報復として日本にミサイルを撃ち込む――これも可能性としては低いだろうが、考えうるなかでは最も蓋然性の高いケースだと思う。

 実際、2017年に北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐって緊張が高まった際も、アメリカは「全ての選択肢がテーブルの上にある」として武力行使のオプションも検討した。それに対して北朝鮮は、アメリカが先制攻撃を行った場合、在日米軍基地をはじめとして日本を攻撃目標にすると明言した。

 北朝鮮が日本にミサイル攻撃をするとしたら、アメリカの攻撃に追い詰められての「窮鼠(きゅうそ)猫を噛む」かたちであり、日本が敵基地攻撃能力を持ったところで攻撃を思いとどまることはないだろう。安倍前首相はよく「抑止力というのは、戦争をするためのものではなくて、戦争を防ぐためのもの」と述べていたが、アメリカが先制攻撃を仕掛けた瞬間に「抑止力」は意味のないものになる。

安倍氏の安全保障の「方程式」

 安倍前首相は8月28日の辞任表明会見で、「外交・安全保障では、集団的自衛権に係る平和安全法制を制定」し、「助け合うことができる同盟は強固なものとなった」と政権の成果を強調した。「助け合うことのできる同盟」は、安倍氏の信念である。安倍氏はかつて、元外交官の岡崎久彦氏との対談本のなかで次のように述べている。

「いうまでもなく、軍事同盟というのは“血の同盟”です。日本がもし外敵から攻撃を受ければ、アメリカの若者が血を流します。しかし、今の憲法解釈のもとでは、日本の自衛隊は、少なくともアメリカが攻撃されたときに血を流すことはないわけです。実際にそういう事態になる可能性は極めて小さいのですが、しかし完全なイコールパートナーと言えるでしょうか」(『この国を守る決意』扶桑社、2004年)

「血の同盟」とは何ともおどろおどろしい言葉だが、言い換えれば、「リスクを共有する同盟」ということだ。リスクを共有する関係にならなければ、本当にお互いを助け合うことのできる同盟にはならないという考えである。

 敵基地攻撃能力の保有も「リスクの共有」という文脈で捉えることができる。これまでは、敵基地攻撃はアメリカに任せ、日本は守りに徹する方針でやってきた。しかし、敵基地攻撃をアメリカに100%任せるのでは本当の意味でリスクを共有していることにならない。だから、その一部を日本が引き受けようというのである。

 つまり、「アメリカとリスクを共有する→日米同盟の絆が強くなる→抑止力が高まる→日本はより安全になる」というのが、安倍氏の「安全保障の方程式」なのである。安倍政権は一貫してこの「方程式」に従い、集団的自衛権の行使容認をはじめ、アメリカとの軍事的一体化と日米同盟の強化を図ってきた。敵基地攻撃能力の保有も、これらの政策の延長線上に位置づけられる。

先制攻撃をするアメリカ

 しかし、この「方程式」には、大きな「落とし穴」がある。それは、日本が頼りにするアメリカの軍事力は、戦争を抑止する力としてだけ存在するのでなく、自ら戦争を仕掛ける力でもあるという点である。

 国連憲章は、加盟国に対し、武力の行使を原則禁止している。ただし、「加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」(51条)として、例外的に武力行使を認めている。

 これを素直に読めば、実際に武力攻撃が発生していない段階で、先制的に武力を行使するのは国際法違反になる。国連憲章第51条の解釈をめぐっては、攻撃発生前でも「攻撃が差し迫っている」ことが確実な場合には、攻撃を阻止するための必要最小限の武力行使は許されるという見解もあるが、アメリカはこれをも逸脱するような先制攻撃をたびたび実行してきた。

 最近では、2003年に始まった「イラク戦争」がそうだ。当時の米ブッシュ政権は、「イラクは大量破壊兵器を保有している疑いが強い」「イラクのフセイン政権はアルカイダとつながっており、大量破壊兵器をテロリストに渡す危険性がある」と主張してイラクに先制攻撃をし、フセイン政権を倒した。差し迫った攻撃の脅威に対する自衛権の行使ではなく、潜在的な脅威を理由に先制攻撃をしたのである。

 しかも、その「脅威」も根拠のないものだった。結局、大量破壊兵器は一つも見つからなかった。米上院の情報特別委員会が2004年にまとめた報告書も、イラクが大量破壊兵器を保有しているという情報は「(CIAなどの情報機関によって)誇張されたものだった」と結論づけ、フセイン政権がアルカイダを支援しているという情報についても「証拠がない」と否定した。

戦争に巻き込まれるリスク

 アメリカと軍事的なリスクを共有することで「同盟の絆」がより強まり、それが戦争を抑止することになるという安倍流「安全保障の方程式」は、アメリカが先制攻撃をした場合には成り立たない。朝鮮半島をはじめ日本の周辺でアメリカが先制的に戦争を始めてしまえば、米軍が作戦拠点とする日本も必然的にその戦争に巻き込まれるのである。

 さらに、日本が敵基地攻撃能力を持てば、アメリカが行う先制攻撃に日本が加わるおそれもある。敵基地攻撃を行うには、移動式ミサイル発射台などの目標の探知・識別が必要である。日本にそのような情報収集能力はなく、情報面ではアメリカに依存せざるをえない。イラク戦争の時のようにアメリカの情報が誇張されたものであったり根拠のないものであった場合、日本が国際法違反の先制攻撃に加わり、その結果として報復攻撃を受け、国民が甚大な被害をこうむることにもなりかねない。

 先制攻撃の選択肢を排除しないアメリカとの同盟を強化するということは、抑止力を高めるだけでなく、アメリカが始めた戦争に巻き込まれるリスクを高めるという側面も見る必要がある。そのリスクには蓋をして、「抑止力」だけの議論をするのは、現実的な安全保障論とは言えない。

戦争を予防する外交の議論を

著者情報

ジャーナリスト

布施祐仁

ふせ ゆうじん

1976年、東京都生まれ。『ルポ イチエフ 福島第一原発レベル7の現場』で平和・協同ジャーナリスト基金賞、JCJ賞を受賞。三浦英之氏との共著『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。著書に『日米密約 裁かれない米兵犯罪』『経済的徴兵制』、共著に『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』などがある。
イミダスの連載「伊勢崎賢治・布施祐仁に聞く『日米地位協定と主権なき日本』」はこちら!

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