それでも、改憲論議は進まない――立ちはだかる5つの問題
南部義典(シンクタンク「国民投票広報機構」代表)
衆議院選挙が終わり、自由民主党、公明党をはじめ改憲勢力は国民投票の国会発議に必要な3分の2の議席数を大きく上回った。2018年には、憲法改正の国民投票が実施されるだろうとメディアはさかんに報道している。護憲側も改憲側もどちらも、とうとう国民投票か! と色めきだっているように思えるが、さて、実際に憲法改正へとスムーズに進んでいくのだろうか? 今の状況と今後の展望を、国民投票のシステムに詳しい南部義典氏に寄稿していただいた。

メディアは、「改憲賛成勢力」という用語を好んで使います。明確な定義はないものの、少なくとも自民党、公明党、希望の党および日本維新の会の4党を指していることは間違いありません。
今回の衆議院議員総選挙の結果、これら4党(会派)に所属する議員は374名に達しました。数字の上では、衆議院において憲法改正の発議に必要とされる議決要件(賛成310名以上、議長を除く)を優に超えています。また、参議院においても、これら4党(会派)に所属する議員数は164名に上り、議決要件(賛成162名以上、議長を除く)を超えています。衆参両院がこのような状況であることから、メディアは連日、国会がすぐにも憲法改正を発議するかのような勢いで報じています。
しかし、私は、国会の憲法改正論議が円滑に展開していくとは考えません。これまで同様、滞り続けると思います。その背景、理由は、以下の5点です。
自衛隊明記案は、その解釈こそ問われる
第一に、国民投票においては、憲法改正案を構成する条文だけでなく、その条文の中身をどう解釈するのかが一体となって、有権者の判断が問われるということです。これは、最も基本的な法則なのですが、憲法改正論議において忘れられているように思います。
選挙のときに、候補者の氏名だけで投票先を判断し決定する有権者は、まずいないでしょう。経歴、人柄、政策など、候補者として備える実質(中身)を考慮して投票するのが通常です。国民投票でも、選挙と同様、憲法改正案の字面だけでなく、その実質が問われるのです。
国会では今、憲法9条を改正し、自衛隊の存在を明記する案の発議が有力視されています。自衛隊は合憲か、違憲かという論争に終止符を打つことは、国民の理解も得られやすいだろうという理由で、2017年、急浮上したテーマです。
しかし、国民投票における有権者の判断は、自衛隊という名称の組織を憲法に明記するかどうかという単純なことに限られません。まさに、自衛隊とはどんな組織なのか、その意義や活動の範囲こそが国民投票では問われるのです。
安倍内閣は2014年7月、憲法上許される自衛の措置の範囲に関して、従来の個別的自衛権に加えて、限定的ながらも集団的自衛権の行使を容認する解釈を採用する旨、閣議決定しました。変更された政府解釈は、現在も有効です。国会もこの政府解釈を前提に、2015年9月、新しい安全保障関連法を制定しています。この状況の下で、自衛隊の明記に係る憲法9条改正案を発議すれば、現在の自衛隊の意義、活動の範囲に関する政府解釈が一体となって、国民投票で有権者の判断を仰ぐことになるのです。
政府解釈に賛成する立場であれば別ですが、例えば、「自衛隊の明記には賛成だが、その活動の範囲は従来の個別的自衛権の範囲に収めるべきである」と考える有権者は、国民投票において賛成・反対のどちらの投票をすればよいのか、ジレンマを抱えることになります。
また、こういった中身の解釈の問題は、国民投票後の対応も関わります。仮に、自衛隊の明記に係る憲法9条改正案が国民投票において否決された場合、自衛隊は憲法上、どのような評価を受けるのでしょうか。自衛隊は「合憲」のまま存続するのでしょうか、それとも「違憲」となり、解体の過程に入るのでしょうか。国会は、憲法改正の発議をする前に、否決されるリスクとその後の政治対応についても、議論を詰めておかなければなりません。いくら憲法9条改正案の審議が進んでいても、こうした論点について発議しようとする側の見解がまとまっていなければ、その詰めの甘さが国民に知られることとなり、国民投票で否決されるのではという不安が広がります。改正案の審議が途中でストップするおそれすらあるのです。
ごちゃ混ぜの憲法改正案は、1枚の用紙では投票不可能
第二に、憲法改正案をどのように区分するのか、その分け方の判断基準が明確になっていないということも大きなハードルです。
国会法には、議員が憲法改正原案を提出する場合には「その内容において関連する事項ごとに区分して行わなければならない」とするルール(内容区分ルール)が定められています。
例えば、自衛隊を明記することと、天皇の退位について明記することは、政策上、その内容を異にすることはご理解いただけるでしょう。国会が、これらの憲法改正案を1本にまとめて発議することはできず、個別に発議して、有権者には2枚の投票用紙を以て、判断してもらうことになります。
前記の例はまだ易しく、さらに難解な問題が潜んでいます。自民党日本国憲法改正草案(2012年4月)における緊急事態条項を新設する案を例に、説明します。
同草案には、緊急事態条項として、[1]内閣総理大臣による緊急事態宣言、[2][1]に対する国会承認、[3]法律と同効力の政令の制定、[4]地方自治体の長に対する指示、[5]国民が国の指示に従う義務、[6]衆議院解散の制限・議員任期の特例、といった6つの内容が規定されています。
しかし、この例でも、1本の憲法改正案として1枚の投票用紙で国民投票を実施したとすると、[6]は賛成だが、[3]から[5]までは反対といった場合に、どのように投票すればいいのでしょう。[1]から[6]まですべて賛成、すべて反対、のいずれかの態度である場合のみ、国民はその意思を正確に示すことができます。
また、緊急事態条項は、緊急事態宣言の手続的要件([1]および[2])とその効果([3]から[6])という内容から成り立っていますが、要件に関する規定、効果に関する規定を別々の憲法改正案として発議することもできません。国民投票でいずれか一方が承認され、他方が承認されなかった場合に、法規として有効に機能しないからです
このような憲法改正案をどのように区分し、発議すべきかという議論はまったく進んでいません。かなり粗削りで、大ざっぱな議論ばかりが繰り返されています。
選挙よりも投票環境が悪い、国民投票
第三に、国民投票法(2007年5月制定)の規定内容が古く、現行のままでは使えないという点もあげられます。
まず何より、国民投票権年齢の18歳引き下げに関して、少年法との関係整理が終わっていません。
2014年の国民投票法改正によって、18年6月20日までに実施される国民投票は満20歳以上、18年6月21日以降に実施される国民投票は満18歳以上と、年齢要件が定められています。18年6月21日になれば、18歳国民投票権がようやく実現するわけですが、少年法の適用対象年齢(満20歳未満)と齟齬をきたすことになってしまいます。18歳、19歳の者が、国民投票に関する犯罪(国民投票法は、組織的多数人買収罪などの犯罪類型を定めています)にコミットした場合、これらの者は、国民投票の有権者として法的に「一人前」の地位を得ているにもかかわらず、その犯した罪について少年法の適用を受け、成人と同様の刑罰を受けないことになってしまい、法律上の扱いが矛盾してしまうのです。
現在、法制審議会が少年法の適用対象年齢の18歳引き下げを含む制度改革案を検討していますが、少年法の改正は、18歳国民投票権が実現する18年6月21日には間に合わないでしょう。そこで、立法論としては、国民投票法をもう一度改正し、18歳、19歳の者による国民投票に関する犯罪については少年法を適用せず、成人一般の刑事事件として扱う旨の特例規定を置く必要があると考えます。
選挙については、公職選挙法が15年から16年にかけて数次改正され、投票環境の向上に関する施策が矢継ぎ早に制度改正されています。期日前投票の運用の拡充、大型商業施設などにおける共通投票所の設置、実習船に乗る水産高校の生徒が洋上投票を可能とする措置などが講じられています。また、プライバシー保護の見地から、申し出によって誰でも閲覧することができた選挙人名簿の縦覧制度が廃止され、学術調査など一定の要件を満たす者だけに認められる閲覧制度に変更されています。これらの施策は、国民投票法制上は未整備であり、早急に対応する必要があります。
憲法改正案広報イメージの欠如
著者情報
シンクタンク「国民投票広報機構」代表
南部義典
なんぶ よしのり
1971年、岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。2017年、シンクタンク「国民投票広報機構」を立ち上げ、現在に至る。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。『図解 超早わかり 18歳成人と法律』『図解 超早わかり 国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『広告が憲法を殺す日』(共著・集英社新書)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー no.255)』(共著・日本評論社)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著・明石書店)など著書多数。