「ポピュリズムに抗し、ポピュリズムとともにあれ」――都議会議員選挙の「騒乱の10日間」が示すもの
木下ちがや(政治学者)
都議会議員選挙最終日。安倍総理は、秋葉原の街頭演説の場に集まった人々からの「安倍やめろ」コールに、思わず「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と応酬してしまった。その後、この対応はあっという間に報道によって拡散され、都議会自民党の惨敗の原因になったとも言われている。あの場に集まった「こんな人たち」は、いったい誰だったのか? 『ポピュリズムと「民意」の政治学 ――3・11以後の民主主義』を上梓し、リアルな政治の現場を見続ける木下ちがや氏は、今「二つのポピュリズム」が顕著になっていると指摘する。民主主義の危機と「こんな人たち」について、寄稿してもらった。
「騒乱の10日間」
「安倍一強」というフレーズはもはや過去のものになったのだろうか。「第一次」安倍政権(2006~07年)崩壊のきっかけは、07年7月の参議院選挙で自民党が大敗を喫し、野党民主党に参議院第一党の座を奪われたことだった。安倍総理は、この選挙から1か月半後の臨時国会冒頭に所信表明演説をおこなった直後、辞任を表明したのである。「歴史は二度繰り返す」という古い言葉にならえば、今年2017年7月の都議会議員選挙は「第二次」安倍政権崩壊のきっかけだったと、のちに振り返ることになるかもしれない。
自民党二階俊博幹事長の「落とすなら落としてみろ」という挑発的発言からはじまった7月2日投開票の東京都議会議員選挙は「騒乱の10日間」と呼ぶにふさわしいものだった。安倍政権は、周知の加計・森友スキャンダルの追及から逃れるために、野党が猛反発していた共謀罪法案を強行採決し、強引に通常国会を閉会させた。ところが内閣支持率の急落に後押しされたマスコミの追及はますますヒートアップし、それに稲田朋美防衛大臣の「防衛省・自衛隊としても自民党をお願いしたい」という公職選挙法違反の発言が拍車をかけた。選挙期間中、安倍総理はヤジを恐れて応援演説に立てず、屋内集会にこっそり姿をみせることで「総裁としての責任を果たした」というアリバイ作りをやろうとした。ところがその場でもヤジが飛び、結局屋内集会さえもわずか3度しか顔を出せなかった。
そして都議選最終日の7月1日、安倍総理は秋葉原駅前で街頭演説に立つことを決意した。この秋葉原駅前は安倍総理にとって「聖地」である。2012年、14年の総選挙最終日にもここで演説をしている。筆者は12年の総選挙の際、この秋葉原での安倍総理の演説を直に見たが、千人前後の人々が集まり、林立する日の丸が街宣車の周りを埋める中で安倍総理が「日教組批判」を気持ちよさげに叫んでいたのをよく覚えている。しかも街頭演説が終わっても殺気立った聴衆の一部は立ち去らず、その場にいたNHKのテレビクルーや記者を取り囲んで「つるし上げ」ていた。翌日の総選挙の投開票で、自民党の圧勝と安倍自民党総裁の総理就任は確実視されていた。この「自民圧勝」の夜郎自大な雰囲気の中で、筆者は、これが第二次安倍政権を担う「大衆」なのかとゾッとしながらこの場を立ち去ったのである。この演説会に集ったような同質的、排他的な大衆の熱狂がこれからの安倍政権を支えていくだろう、これから極右ポピュリズムが台頭するに違いない、と予感してもおかしくない情景であった。だから支持率の低落傾向に悩まされていた安倍総理が、都議選最終盤に無理をしてでも秋葉原の街頭演説に立つことで、この「ポピュリズム」を再現できると夢見たとしてもおかしくはなかったのである。
ところが秋葉原の「聖地」で安倍総理を待ち構えていたのは想定外の「大衆」であった。自民党サポーターズが幟を準備し、日の丸の小旗を通行人に配る傍らで、「安倍やめろ」というプラカードを持った人々が続々集まってきた。安倍総理が登壇した瞬間、ヤジと怒号が一斉にあがり、一瞬にして秋葉原は安倍政権に抗議する集会の場と化した。そしてサッカーの応援などで用いられる横断幕が抗議者たちの頭上に掲げられた。「安倍やめろ」と大書されたこの横断幕に、安倍総理はおもわず「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と応酬してしまったのである。
この秋葉原の「安倍政権抗議集会」の模様と安倍総理の「こんな人たち」発言は、たちまち拡散され、翌日の都議選投開票日にかけて新聞やテレビを賑わせることになった。おさまらない加計・森友疑惑、そして共謀罪の強行採決直後という、平身低頭で乗り切らなければならないタイミングでの「こんな人たち」という“ウエメセ発言”は、都議選における自民党の歴史的敗北を決定づけた。都議選の結果、小池百合子率いる都民ファーストの会が圧勝し都議会第一党を制した。それに対して自民党は、国政ではわずか21議席(衆院)の日本共産党と、最後まで議席の優劣を争うところまで大幅な後退を強いられたのである。
自民党関係者によると、都議選の告示の頃はそうはいっても自民党は過去最低の38議席は守れると確信していたそうだ。しかし「騒乱の10日間」のさまざまな出来事、そして「こんな人たち」発言が決定打となり、最低ラインをさらに15議席下回る23議席しか獲得できなかったのである。この都議選における自民党の歴史的大敗直後の世論調査で、安倍政権の内閣支持率は3割台の危険水域に低下したのである。
「こんな人たち」は誰なのか?
では、この秋葉原の安倍総理の街頭宣伝に集まり、「安倍やめろ」の声をあげた人たちは誰なのか。都議選直後から、一部マスコミで「特定のグループ」が人々を動員したかのような言説が流布された。確かに大きな横断幕を作成し、持っていった一団はいただろう。しかし大半の参加者は指揮されたわけでもなく、動員されたわけでもなくあの場に集まったのである。筆者はこの秋葉原の街頭宣伝に参加した人たち、参加しようとした人たち複数から話を聞いたが、彼らの多くが秋葉原で安倍総理が演説することを知ったのは当日の昼前後である。「安倍やめろ」のプラカードの多くは、ツイッターで有志が作成したものをネットプリントで入手したものだ。つまり多くの人たちは、昼頃にツイッターやフェイスブックで集会があることを知り、都合がついた人がコンビニ等でプラカードをプリントアウトして「立ち寄った」だけなのである。
また、この街頭宣伝への参加の呼びかけも多様である。筆者は当日オーストラリアのシドニーに滞在していた。この集会は帰国の途につく空港で知り、以下のような「呼びかけ」を昼過ぎにツイートした。
「本日午後4時からの安倍さんの秋葉原街宣に聴衆として参加し、安倍さんと林立する日の丸集団を静かに撮影し、ネットで拡散するのもいいかも。安倍晋三記念小学校の『原点』を、都議選最終盤から投票日にかけて広く全世界に知らせましょう」
このツイートは710リツイートされているので、これを見て参加した方もいると思われる。しかし文面を見ればわかるように、安倍総理への「抗議」は呼びかけていない。筆者は2012年の秋葉原の情景が頭に焼き付いていたので、まさか「抗議集会」になるとは思ってもいなかったからだ。このように呼びかけた側も、呼びかけられた側も、誰かに指揮されたわけでもなく、また結果的にあのようなかたちになるとは予測も計画もしていなかったのである。つまり横断幕はあくまでシンボルに過ぎず、参加者とのあいだに指揮命令関係はなかった。SNSを介した水平的なコミュニケーションと情報拡散が、あのような抗議の場をつくりあげたのである。
今回の都議選のように、「抗議集会」という直接的な大衆行動が、間接民主制度をとる選挙の結果に決定的な影響を与えるなどということは、日本の長い政治史を振り返っても類を見ない、はじめての現象と言っていいだろう。とりわけ日本は、近年までは他国に比べてデモンストレーションなどの直接行動が政治に影響力を持たない社会とみなされてきた。これまでは、企業、労働組合、農協、宗教団体といった利益団体の票の積み重ねが選挙の勝敗を左右してきた。ところが今回の都議選は、一方で小池百合子率いる都民ファーストの会が、安倍政権に嫌気がさした無党派層を吸収することで自民党を蹴落とし、他方で大衆の直接行動が自民党にトドメをさすという、「二つのポピュリズム」が絶大な力を発揮したのである。
二つのポピュリズム
さて、このように今回の都議選において「二つのポピュリズム」が力を発揮したと書くと、読者からいくつかの疑問が湧き上がるかもしれない。例えば、2016年の都知事選で無党派層の支持を獲得し圧勝した小池百合子率いる都民ファーストの会は確かにポピュリスト的戦略にもとづいたものかもしれないが、それと安倍総理への「抗議集会」を同じポピュリズムとみなしていいのか? というものである。しかも小池知事は、「日本会議」に所属し、都知事就任直後に韓国人学校に土地を貸与する東京都の方針を撤回し、17年の9月には東京都が定例で行ってきた関東大震災の朝鮮人犠牲者慰霊のための追悼文を送るのを見送るなど、排外主義的な色合いがある。この「小池ポピュリズム」は、アメリカ合衆国におけるトランプ大統領やフランスにおける国民戦線のマリーヌ・ルペンたちの政治手法と同系列のものともみなしうるからである。実際、これまで多くの論者たちは、ポピュリズムを「大衆迎合主義」「反知性主義」と同義に扱ってきた。ポピュリズムとはまさに大衆への扇動により公共空間を破壊する「反動的」な政治手法であると論じられてきた。
著者情報
政治学者
木下ちがや
きのした ちがや
1971年、徳島県生まれ。一橋大学社会学研究科博士課程単位取得退学。工学院大学非常勤講師、明治学院大学国際平和研究所研究員。さまざまな社会運動に参加し、行動する政治学者として現場に足を運び、発信している。著書に『国家と治安――アメリカ治安法制と自由の歴史』(青土社)、『原発を止める人々』(小熊英二との共編著、文芸春秋)、『ポピュリズムと「民意」の政治学 ――3・11以後の民主主義』(大月書店)など。最新刊『「社会を変えよう」といわれたら』(大月書店)では、3.11以後の出来事について解説と分析し、これからわたしたちがどこへ向かおうとしているのかを考察している。