国境問題を海から考える
岩下明裕(北海道大学スラブ研究センター教授)
緊張が高まる尖閣諸島をはじめ、隣国との間で三つの国境問題を抱える日本。島をめぐる対立はナショナリズムをかきたてるが、国境地域にとって大事なのは、実は「海」なのだ。国境を海という視点から考えると、問題の見え方が変わってくる。
「国境政策」不在の国境議論
2012年は日本の国境問題が大きく揺さぶられる一年となった。メドベージェフ・ロシア首相の北方領土再訪問、李明博(イ・ミョンバク)韓国大統領の竹島上陸、そして中国による度重なる尖閣周辺の「領海侵犯」。メディアや出版では緊急特集として、これら領土・国境問題が相次いで取り上げられたが、歴史的経緯の紹介、資源争いや戦略をめぐる分析、日本の政府や外交への批判といった大上段にかまえた論調ばかりが目立つ。特に日本が抱えるこれら3つの大きな国境問題を、対ロシア、対中国、対韓国とのそれぞれの関係において個別に議論する傾向は、この国がいまだ十全たる境界意識をもたず、緊要な国境政策づくりのアジェンダ(行程表)がないことを意味する。
原因の一つは、日本で国境やその問題の意味をそれ自体として考えることができる人が限られていることにあろう。例えば、尖閣諸島にかかわる本が巷(ちまた)の本屋で平積みされているが、ほとんどが日中関係の軋轢(あつれき)として、場合によっては日米同盟の混迷として、これを議論している。尖閣問題を国境の問題として一義的にとらえるのであれば、中国が強いとか脅威とかいう以前に、また日米同盟が民主党政権で弱ったことがきっかけとなったなどという前に、日本として国境地域をどうするのかを最初に議論すべきだ。中国の脅威とともに尖閣の防衛を考えるということは、中国が弱ければ、あるいは日米同盟がこれを抑止できれば、尖閣のことを考えないということのほぼ裏返しであるからだ。
相手国との関係で変わる日本の領土主張
思えば冷戦時代、ソ連が強かった頃には北方領土問題のみがクローズアップされていた。これも、国境問題が相手国の脅威のレベルに付随するものとしてとらえられがちだったことを意味する。冷戦終結とともに、政府の北方領土問題に関する強硬な姿勢はがらりと変わった。かつてはソ連による第二次世界大戦末期の「不法占拠」を非難し、択捉(えとろふ)、国後(くなしり)、色丹(しこたん)、歯舞(はぼまい)の「四島」の即時返還を主張していたが、いつのまにか「四島の主権を認めてくれれば、返還時期やそのあり方は柔軟に対応する(要するに先送りでいい)」とする立場に変わった。1998年には、橋本龍太郎首相(当時)がソ連の「不法占拠」を免罪するかのような内容にまで踏み込んだ(「川奈提案」)。しかしその後、定見のないままに再びロシアの「不法占拠」を論難するなど、いまだに迷走を続けている。
竹島問題については、韓国の、いやむしろアメリカの顔色をうかがいながら、立場をつくってきたと整理できる。尖閣問題には強硬な石原慎太郎前東京都知事も、竹島問題には仕方ないと淡白だ。尖閣には領土問題は存在しないが、竹島と北方領土については領土問題があるというのが日本の公的立場であることを思えば、これは日本の公的な領土主張に相反するものとさえいえる。実際、長年の自由民主党政権時代、政府は竹島問題を腫れ物のように扱ってきた。韓国が実効支配を強化しても、抗議にとどめ、それ以上に踏み込んだ対応をとろうとはしなかった。昨今、地元や一部の中央の識者らの活動をもとに、韓国に対し強い姿勢をとる機運も高まり、李大統領の上陸をうけ、野田佳彦首相(当時)はこれを「不法占拠」と論難、国際司法裁判所への単独提訴も辞さないと踏み込んだ。だが新しい自民党政権はそれを再び抑制しようとする。日韓関係や日米関係への配慮のもと、竹島を再び忘れたいのだろう。
画定していない「海域」の境界
それでも3つの問題は、政治的な喧噪(けんそう)のおかげで、世間で注目されている。だが日本の国境や境界を第一義的に考えるのであれば、まだまだ注視しなければならない問題群がある。「海域」の問題である。日本の海域はEEZ(排他的経済水域)200カイリなどを軸に主張すれば、447万平方キロ、世界で6位という広がりをもっているが、6800を超える離島(うち有人島は約420)の存在がその主張の根拠であることが、ようやく一般にも理解され始めた。
だがここにいくつもの難問がある。例えば、沖ノ鳥島のように中国、韓国が認めていない海域の起点がある(国際法上、これが岩だとすれば200カイリは主張できない)。この島の存在は知られていても、この大きな海域を担保している東京都小笠原村という境界地域の自治体の存在は忘れられがちだ。世界遺産の認定でにわかに名前だけは人気スポットとなった小笠原だが、その中心たる父島も、東京から1000キロ離れた遠距離にあり、航空路線がない今、ほぼ週1往復のおがさわら丸片道25時間半によるアクセスしかできない。現在は主に第三管区海上保安本部(海上保安庁)がこの海域の治安を確保しているが、昨今この海域にも中国の進出が顕著であり、小笠原諸島全体の安定と発展が有する意味はもっと知られなければならない。
より深刻なのは、太平洋側ではなく、冒頭3つの係争島嶼(とうしょ)の存在により、オホーツクから日本海、東シナ海に続く海域の多くにおいて、係争島嶼の周辺の海域の国境や境界がはっきりしていないことである。日本の海域地図のみを見ると、日本の海の境界は明確で安定しているように見えるだろう。だがこの多くは日本の希望にすぎない。朝鮮半島に向き合う対馬の周辺海域のみが、大陸棚も含むすべての境界が法的に画定されている場所であり、それ以外は隣国と合意されておらず、いつでも紛糾する可能性がある。
台湾(中華民国)がいまだに琉球(沖縄)を日本領として公的に認めていないことはともかく、日本と台湾間には伝統的水域があるのみで、双方が合意した境界は存在しない。たとえ、尖閣諸島の領有権問題がなかったとしても、日台漁業問題の調整は容易でないだろう。尖閣の領有権問題はこの事態をさらに複雑にしている。
日本と中国、日本と韓国にもそれぞれ暫定水域が設けられており、どちらもそれぞれの管轄と裁量において漁労ができるようにされている。しかし、水域内全体の調整や課題をきちんとマネージできる仕組みはあまり機能していない。特に後者においては、海域に竹島が含まれていることもあり、一方的に韓国側の漁業活動が優越している。このことが竹島を「管轄」する島根県・隠岐の島町の住民たちに、その領有権への主張を強めさせる。彼らの本音が実は海の利用の担保にあったとしても。
「固有の領土」論には意味がない
領土問題の前線に立つ現地の視線が海の利用にある一方で、国家は島、つまり陸地の領有問題で声高に主張しあう。島が重要なのは事実である。なぜなら、現在の海洋法制は島の領有を前提に海を決めるからだ。すなわち、島を失うこと、それは海の喪失に直結する。例えば、前述した沖ノ鳥島を失うことは、島を中心にしたEEZ40万平方キロ(日本の領土面積より広い)の海の喪失を意味する。海を守るためには島を守らなければならない。国家が島嶼防衛を強調する理由はここにある。
だが現場から遠くに暮らす国民に対しては、島への執着のみが増幅され、すり込まれる。海への身体性をもたない言説の再生産は観念的なナショナリズムへと昇華する。海なき竹島や尖閣にどれほどの意味があるのか。その大きさ、豊かさ、歴史の重みで他を圧倒する北方領土でさえ、現地の根室にとっては、歯舞群島に連なる海が島そのものより死活的な空間なのだ。
「固有の領土」という言葉がある。だが「生来の」「もともとの」という意味の形容詞が領土に冠せられる無意味さは昨今、多くの識者が指摘するようになった。千島も沖縄も、もともとの日本(ヤマト)のものではないことは自明であり、海に浮かぶいくつかの島や岩は元来、航行の目印や漁労のために利用される場所にすぎなかった。外務省は「固有の領土」を「一度も外国領になったことがない領土」と説明するが、これは「固有」という単語の本来の意味ではない。さらにこの言葉は英語などに置き換えることが難しく、「固有の領土」だと相手に主張しても、法的な効果はほとんどもたない。そもそも「固有」の主体たる「日本」の範囲が、古代のヤマトから、ユーラシアまで進出した「大日本帝国」、そして戦後の現在まで、様々に伸縮してきた以上、どの陸域が「もともとの日本」なのかも明瞭でない。
にもかかわらず、生活感を感じさせないがゆえに、かえって国民としての一体感を情緒的にイメージさせる「固有の領土」は、日本人の多くを高揚させる。その結果、自意識を肥大させ、遠くの島にロマンを投影しながらも、島に暮らし島を使う人々の具体的な営みを想像することができなくなってしまう。
「境界地域」の現実から考える
著者情報
北海道大学スラブ研究センター教授
岩下明裕
いわした あきひろ
1962年生まれ。専門は国境学。九州大学大学院法学研究科で博士号取得後、山口県立大学国際文化学部助教授などを経て現職。著書に『北方領土問題―4でも0でも、2でもなく』(中公新書。2005年、大仏次郎論壇賞を受賞)、『中ロ国境4000キロ』(角川選書03年)など。編著、共著に『日本の国境問題』(藤原書店、12年)など多数。