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政治・経済

熟議なき漁業法改定はなぜ必要だったのか

70年ぶりの水産改革に見る成長戦略の問題点と課題

濱田武士(北海学園大学経済学部教授)

 昨年(2018年)の臨時国会に提出された漁業関連の改定法案の内容は、多岐にわたる膨大なものであり、しかも、「漁業の民主化を図る」としていた漁業法の根幹部までを書き換える抜本改定であった。
 にもかかわらず、事前に業界に説明を行った水産庁は、法案が記載された説明会資料を回収するなど業界関係者に吟味させる時間を与えなかった。また、この法案をめぐる国会の議論は衆・参両議院併せて22時間35分と、審議を尽くしたといえる状況にはならなかった。
経過を見ていると、2017年9月に内閣府規制改革推進会議に水産ワーキング・グループの議論をスタートさせ、水産改革を急がせた安倍官邸と、その圧力下で誰にも法案をいじらせたくない水産庁の思惑が一致していたかのように私には思えた。ここでは熟議がないまま通過した法案にどのような問題が隠されているのかを述べておきたい。

急場しのぎの水産改革

 今回の法改定は、自由貿易の下での強い産業を目指す、アベノミクス農政・成長産業化の一環である。安倍政権は、漁業は天然資源を捕獲する産業であるため、漁獲量規制を強める「資源管理」と養殖業を軸足とする「成長産業化」を両立させる、としている。この方向性で、漁業者の所得向上と就業構造のバランスをとることができれば、文句を言う者はいないだろう。しかし、これは急場しのぎでしかないように思える。
 成長産業化と言うからには、その産業へ新たに「投資」が向かう状況になっていかなければならない。では水産業にそのような受け皿はあるのだろうか。結論から言うと、投資先はそれほど多いわけでもないが、ないわけではない、という程度である。
例としては、次のようなものがある。青森市内の魚卵メーカーが、2014年に「サーモン養殖実証事業に関する三者連携協定」を結び、日本海側にある深浦町で漁協や自治体などと連携してサーモンの供給体制を構築したという例である。この企業は北欧のサーモン養殖会社を買収して養殖技術を習得し、深浦町の定置網会社と共同出資して養殖企業を設立し、地元の漁協の組合員になって事業が進められた。
 サーモンの寿司は回転寿司屋では安くておいしいと一番の売れ筋であるが、具材は冷凍品がほとんどであり、北欧などからの輸入品である。国内で生産できれば、鮮度の高い生サーモンが刺身・寿司ネタ商材として供給できる。つまり、外国産によって開発された国内のサーモン市場を国産にリニューアルさせようという事業への投資である。
 国産品が輸入品を追い出すイノベーショナルなシナリオがそこにはある。計画通りに進めば、人口減少著しい町に成長産業が誕生する。後続の準備も始まっていることから一つのロールモデルになりそうである。

 すでに優良視されているこの事例は、法改定を待たずして進められてきた。背後には、漁業権の免許者であり、関係者間の調整役を果たしてきた青森県庁も存在する。
 こうした新規参入の事例では、多くの場合、都道府県(の水産行政)や地元の協力がなければ事業化が円滑に進まない。地元漁民の了解がないまま、都道府県が養殖の権利を新規事業者に与えるわけにはいかないからである。

なぜ漁協が優先的に漁業権を与えられるのか

 海は誰のものでもないだけに、秩序がないと安心して漁業活動を行うことができない。そのため、漁村近くの海である地先水面は、漁村ごとに管轄水域が割り当てられ、地元の漁民らは自主ルールの下で共同利用して小規模漁業を営んできた歴史と実態がある。
 その地先水面には地元漁業者集団の生業を守る「共同漁業権」という権利が設定されている。共同漁業権は、一定の漁場区域を漁業者らが共同で利用するもので、アワビやウニなど共同で管理すべき小規模な漁業種に設定されるため、地元漁協にのみ与えられてきた。
 企業が共同漁業権の水域内で新たに養殖を営もうとするとき、都道府県から漁業権を付与されなければならない。ところが従来の漁業法では、主だった養殖を営むのに必要な「特定区画漁業権」も漁場を管理する権利として地元の漁協に優先して与えられてきた。
 なぜ地元漁協が優先されるのかといえば、漁民らは養殖漁場の枠内で互いに場所を融通し合うなど共同で管理しており、その集団を代表する漁協に権利を与えた方が合理的と判断されてきたからである。
 そのため都道府県は、新規に養殖を営みたい企業に対して、漁協に加入して漁民集団の一員になってもらうことを求めてきた。ただ、漁協内で漁民と同様のルールが強いられるため、実態として馴染めない企業が多い。企業は個別に漁業権を得たいが、漁協が免許申請すれば優先順位制度(表を参照)によって漁協が優先されるため、敵わない。それが参入障壁だともされてきた。

改革の目玉は優先順位制度の削除だったが……

 今回の法改定では、この優先順位制度が削除されることになった。これで参入障壁がなくなり、企業参入が促進されるとのメディア報道が多いが、果たしてそうだろうか。成立した法案を見てみよう。
 まず、これまでの漁場利用者については「(1)漁場を適切かつ有効に活用」していれば継続利用でき、新規参入者に対しては「(2)地域の水産業の発展」に資するかどうかが問われることになった。漁協への免許は最優先ではないが、(1)を満たしていれば今まで通りであり、個別の漁業者(企業を含む)が望めば個別に漁業権を与えるということになっている。
 とはいえ、漁場利用上の秩序を壊し、漁場紛争が発生すれば都道府県としても困る。そこで、個別の企業に漁業権を与えたとしても、都道府県は沿岸漁場の管理権を漁協に託し、漁協が保全活動をできるということになっている。さらに一つの漁場をめぐって複数の免許申請があれば、(2)が基準になる。
  (1) (2)ともに、どのような基準になるのかは現段階でははっきりしていないが、漁協の組合員は漁協を飛び出しても継続して養殖を営める、さらに自分たち以外の外部の企業も容易に参入できる、と受け止めることができる。そのため、水産庁が法案提出前に西日本で行った説明会では、漁協幹部など関係者らが「浜が乱れる」と怒って紛糾した。西日本には、大資本系の子会社や地元企業が漁協の組合員になって魚類養殖業を営んでいるケースが多く、漁協と企業による利害調整を経て漁場が利用されている。その微妙な関係が崩れることを恐れて怒りが爆発したのである。

 削除される優先順位制度は、域外の資本や企業の参入を否定していないが、これまではあくまでも地元漁民らによる内発的な発展を理想としてきた。しかし、新制度に移行すれば、「漁場を適切かつ有効に活用」していることと、「地域の水産業の発展」に資することが大事であって、優先順位制度という手段に縛られることはなくなる。企業参入の在り方はどうであれ、この二つが満たされれば良いということになる。
 メディアは、企業参入の在り方について漁業権だけに話を絞り煽る傾向がある。だが実態から言えば、参入企業が、漁場だけでなく、漁港や設備の保管場所など養殖生産に必要な漁業インフラを使うにあたって地元の了承を得なければ、話は進まない。したがって新たに養殖を始める場合は、小規模漁業を営む地元漁民との調整が先行する。そのため都道府県は、従来の優先順位制度下で行ってきたガバナンスを参考にせざるを得ない。
 以上のように、今回の漁業権についての制度改革は、共同漁業権を維持し、基本的に地元の理解を前提としているため、企業参入に関しては今までとさほど変わらないといえる。
また成長産業化の課題は、投資の拡大、生産性の向上、当該水産物の需要拡大の実現だが、今回の法改定がそれらを導くかどうかは甚だ疑問である。前述のサーモン養殖の事例のように、すでにそのような成長部門があれば法改定なしでも進んできたし、今回の改正で企業が自由に海を使えるように開放されたかといえば、そうではない。

漁民の法的防衛手段が消滅

著者情報

北海学園大学経済学部教授

濱田武士

はまだ たけし

1969年生まれ。北海道大学大学院博士後期課程修了後、東京海洋大学海洋科学部准教授を経て、2016年より現職。博士(水産学)。専門は水産経済学。釜石市復興まちづくり委員会アドバイザー(釜石市)、水産政策審議会特別委員(水産庁)なども務める。著書に『伝統的和船の経済』(2010年、農林統計出版)、『漁業と震災』(2012年、みすず書房)、『日本漁業の真実』(2014年、ちくま新書)、『魚と日本人 食と職の経済学』(2016年、岩波新書)などがある。

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