水道を民営化して大丈夫なのか?
橋本淳司(水ジャーナリスト、武蔵野大学客員教授)
(構成・文/樫田秀樹)
日本の水道は、山間部で住民が管理する簡易水道などを除いて、基本的に公営である。
今、その公営水道の維持が難しくなっている。数十年前に埋設した水道管などの老朽化に対応しなければならないのに、それに必要な水道代という財源が、節水技術の向上や人口減少などで減っているからだ。さらに水道事業に携わる職員も30年前に比べて3割も減少している。
今年(2018年)7月22日に閉会した第196回国会で、衆議院では可決したが、参議院では審議入りすることなく次期国会での継続審議となったのが「水道法改正案」だ。
今回の水道法改正の目的は、厚生労働省の資料「水道法改正に向けて」によれば、水道事業における、(1)関係者(国や自治体)の責務の明確化、(2)広域連携の推進、(3)適切な資産管理の推進、(4)官民連携の推進等とされているが、国がもっとも実現したいのは、水道事業の運営を民間企業に任せる民営化だ。
だが日本の民間企業に水道事業運営の経験は少ない。つまり外資、水メジャーと言われる世界を相手にする巨大企業とその系列の参入が必至だ。今、一部の市民団体が、それにより、日本の水が乗っ取られ、とんでもない値上がりを招くのではないかと法案成立に反対の声を上げている。
民営化により何が起きるのか。また私たちは自分たちの水をどう守るべきなのか。
水問題に詳しい水ジャーナリストの橋本淳司さんに話を聞いた。

なぜ今、水道法を改正しようとしているのか?
──橋本さんは今回の水道法改正案をどう評価していますか?
橋本 大枠では賛成しています。今の水道事業は個々の自治体が運営していますが、小さい自治体など財政基盤が弱いところは事業の維持が難しい。私は一つの自治体が一つの水道を持つことを理想と考えますが、人口減少が大きく進む地域などは、同じ流域にある複数の自治体が連携して水道事業を行う広域化を進める必要があります。
また施設の老朽化に対して、古い浄水場や古い水道管がどのくらいの古さでどこにあるかという情報の集約ができていない自治体も多いので、そういう資産管理が推進されて初めて老朽化対策ができるはずです。その点は評価できます。
ただし改正案の問題は、コンセッションという民営化の方式にあります。コンセッションとは、施設の設計や建設のすべてを担う完全な民営化ではなく、水道管や施設は公有のままで、その施設の運営権を民間に委ねる方式です。
──コンセッションの問題点は何でしょうか?
橋本 今の制度では、水道料金は水道事業だけに使われますが、民営化ともなると、その企業の役員報酬、株主配当、税金などにも使われ、普通に考えればコスト高になります。また運営を長期間にわたって企業に任せるため、責任の所在やお金の流れなどの経営情報が不明確になります。
今回の法改正では、この方式を選択した自治体に税制面での優遇措置が取られています。政府はコンセッションも選択肢の一つと言いながら、自治体に優先的に検討させる仕組みになっていることが問題です。
また、コンセッションの負の面に対し、欧州で用意されている予防策も考えられていません。たとえば、フランスでは契約の履行管理のためのモニタリングを自治体が責任をもって行うことが重要であるという観点からKPI(key performance indicator;戦略目標や目標を達成するために重要とされる業績評価指標)を定めています。また、労働者保護の観点から、すべての官の職員の受け入れを民間が提案することで雇用が確保されることになっています。
さらに自治体がコンセッションを検討するにあたり、公共サービスの経営や民間委託に関する契約のチェック等、法務・財務・技術の多方面から自治体のアドバイザリー業務を専門とするコンサルタント会社の存在があります。
こうしたことについて触れられていません。
なぜ水道法改正に関心が高まらないのか?
──私たちの生活に不可欠な水が地元の自治体の手から離れ、民間企業に運営されることには不安を覚えます。それにしては、世間ではこの話題がほとんど認識されていないように思います。
橋本 まず、国会議員ですらこの法案をよく理解していません。今回の衆議院での審議時間だって、厚生労働委員会で4時間、本会議で3時間、合計でたった7時間ですよ。こんなに短かったら、マスコミの記事にもなりません。
──一般市民はどうでしょうか?
橋本 やはり関心がないですね。というのは、日本人は蛇口をひねれば水が出るのが当たり前と思っているからです。おそらく、自分の自治体の誰が水道を管理しているのかについての認識すらない。そういう意識では、民営化と言われてもピンと来ないと思いますよ。公営水道というのは市民の水道を公が代行して維持管理しているということです。つまり、市民のものなのです。それが部分的にであれ民営化されていくということは、市民からは遠くなっていくということです。

水道料金の値上げは避けられないのか?
──一部の市民団体や議員は、外資の運営によって水道料金が値上げされてしまうと訴えています。厚労省の資料でも、2015年で日本の水道管の総延長約67万kmのうち13.6%(約9万km)もが法定耐用年数の40年超で、今のペースの管路取り換えではその更新に130年以上かかるとの数字も出ています。外資が入らなくても値上げは避けられないのではないでしょうか?
橋本 その通りです。水道事業は基本的には自治体が独立採算制で運営しています。水道管、浄水場などの設備の維持・更新費は上がり、水道事業を支える人口が減少しているため、現状の設備を維持しようとすれば水道料金は上がります。このような悪い状況でも企業は利益を出さなくてはなりません。ましてや役員報酬や株主配当という新たなコストも発生しています。利益を出すにはさらなる値上げ、もしくはサービスの低下が起きるでしょう。
──実際に値上げの事例はあるのですか?
橋本 たくさんあります。たとえばフランスのパリ市では、1985年に民営化され2008年までで174%値上がりしました。イギリスでも、定められた料金帯の上限まで値上がりしました。凄まじいのが南米ボリビアのコチャバンバ市の事例です。1999年に民営化され、上限いっぱいまで値上げした結果、月100ドルの収入しかない貧困層に20ドルもの水道料金を課し、払えない家庭には水供給を停止したことで、市民の反対運動がついに暴動に発展し、2000年4月には6人が死亡したほどです。同様のことは、ベルリンやクアラルンプールでも起きました。
──民営化で逆に値下がりすることは難しいのでしょうか?
橋本 「民間企業同士の競争によって値下げやサービス向上」と言われますが、水道事業は地域において一社独占になりますから、そのようなことはむずかしいでしょう。
水道民営化によるデメリットとは?
──値上げの他にもデメリットはあるのでしょうか?
橋本 会社にもよりますが、水道サービスの悪化です。アメリカのアトランタでは、1998年に民営化されてから、基準値までの浄化を行わなかったために水質が悪化しました。2003年に再公営化されています。
そして、もう一つある問題は、経営の不透明さです。ひとたび民営化されると、一つの会社が20年、30年という長期にわたって運営するために情報が隠蔽(いんぺい)されがちになります。たとえば、パリでは民営化時には、営業利益は7%台と報告されていましたが、その後2010年の再公営化で帳簿を調べると、じつは15%から20%もあったことや、税金も払っていないことが明らかになりました。利益の多くは役員報酬に回されていたんです。
──再公営化という言葉が出ましたが、民営から再公営に戻す動きは多いのでしょうか?
橋本 2000年から2014年の間に世界で180件が再公営化されています(「世界的趨勢になった水道事業の再公営化」https://www.tni.org/files/download/heretostay-jp.pdf)。パリ、ベルリン、ジャカルタ、アトランタ、コチャバンバなど。パリでは再公営化で水道料金が8%下がりました。やはり市民からの反対の声が上がり、最終的には議会に諮られ、自治体が再公営への決断をしたということです。
──でもまだまだ民営化されたままの地域が多いのですか?
橋本 外資が海外で水道事業を展開するときは、先に述べたコンセッションという公設民営方式を採用します。つまり、施設の設計や建設のすべてを担う完全な民営化ではなく、水道管や施設は公有のままで、その施設の運営権を民間に委ねる方式です。フランスではまだ多くの自治体でコンセッションが行われています。ですが、アフェルマージュという企業の関与を少なくした手法への転換、委託期間の短期間化が起きています。
ただし、再公営化は簡単ではありません。譲渡契約途中で行えば違約金が発生するし、投資家の保護条項に抵触する可能性も高い。ドイツのベルリン市では受託企業の利益が30年間にわたって確保される契約が結ばれていました。2013年に再公営化を果たしましたが、企業から運営権を買い戻すために13億ユーロという膨大なコストがかかりました。
また、ブルガリアのソフィア市では再公営化の動きがあったものの、多額の違約金の支払いがネックとなってコンセッションという鎖に縛り付けられたままです。

世界では再公営化の流れにあるのに、どうして日本では民営化なのか?
──水道事業の民営化といっても、日本の水道事業を狙う外資はいるのですか?
著者情報
水ジャーナリスト、武蔵野大学客員教授
橋本淳司
はしもと じゅんじ
1967年生まれ。学習院大学卒。出版社勤務を経て独立、現在に至る。「水と人間」をテーマに、国内外の取材を重ねる。雑誌への寄稿をはじめ、経済、ビジネス分野での執筆も。著書に『水がなくなる日』(産業編集センター、2018年)、『100年後の水を守る――水ジャーナリストの20年』(文研出版、2015年)、『67億人の水――「争奪」から「持続可能」へ』(日本経済新聞出版社、2010年)など。

