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モノが売れない時代になぜラー油は売れる?

スーパーヒット商品に見る消費の世相

松田久一(JMR生活総合研究所代表取締役)

 最近、にわかにブームとなっている具入りラー油。「桃屋の辛そうで辛くない少し辛いラー油」を火付け役に、今では多くのメーカーが新製品を発売している。ご当地ラー油はもちろん、ラー油味スナック、ラー油を使ったファストフードまで登場し、まさに全国制覇の勢いだ。景気の低迷は相変わらず、消費底冷えといわれているこの時代に、一体、何が消費者の心を動かすのか?

前年比286%増のヒット商品

 今、日本では新しい食材が売れている。株式会社桃屋(本社・東京都中央区)が発売した「桃屋の辛そうで辛くない少し辛いラー油」(2009年8月発売、実勢価格370円前後)、エスビー食品株式会社(本社・東京都中央区)の「ぶっかけ! おかずラー油チョイ辛」(10年3月発売、実勢価格340円前後)などの、いわゆる「具入りラー油」である。
 いずれも液体ラー油に、香辛料やフライドオニオンなどが加えられたものだ。そのままご飯に盛って食べることもでき、豆腐、納豆などに加えてもいいし、チャーハンなどに調味料としても使える。用途が広くて便利な一品である。発売開始から1年近くたった10年7月現在も、東京のスーパーの店頭では常に品薄状態が続いている。まさしく、食品での本年度のヒット商品といえよう。この影響で、10年のラー油市場規模は、実に対前年286%増の約40億円になるとも予想されている。
 それでは一体なぜ、これほどまでに具入りラー油は売れたのだろうか。

極少のコストで周知に成功

 09年に先発参入した、「桃屋の辛そうで辛くない少し辛いラー油(通称、桃ラー)」を例にとって購入層のプロフィールから探ってみよう。現在の購入層を、年代、ライフステージ、地域などの属性で分析してみると、全体の購入率13%よりも、5%以上高い層が見つかる。「末子が小学生のステージにある層」(19%)である。続いて、「末子が未就学児の層」(17%)である。地域では、「関東」が16%と高い。つまり「桃ラー」は、「関東」の「末子が小学生」の30代や40代の層がリードしたのである
 次に、消費者の認知状況を見てみよう。「知っている」は61%、「関心がある」は36%、「よい評判を聞いたことがある」が20%、「購入したい」が20%、「購入した」が13%、「継続購入したい」は8%である。09年10月にわずか10日間のテレビCMを投入しただけで、1年足らずのうちに61%の認知が獲得できるケースは極めてめずらしい。通常、関東の大手スーパーで店頭化されるには、およそ12億円のコストをかけ、3カ月間にわたりテレビCMを投入することが必要だといわれている。
 つまり、極めて少ないコストでの導入に成功しているのだ。

消費者から待望されていた!?

 「桃ラー」は、特定層に受け入れられたことによって、急速に普及した。
 なぜ受け入れられたのか。「食べられるラー油」という目新しさ、関心を引く長いネーミング、30代に人気のロックバンド「怒髪天」の増子直純がラー油をご飯に盛って食べるインパクトあるCM、さらに石垣島にある中華料理店の辺銀(ぺんぎん)食堂(沖縄県石垣市)が、10年ほど前から製造販売している「石垣島ラー油」の口コミ評判もベースとしてあげられるだろう。
 価格が400円前後と安いことも関係している。1000円以下の食品は、もっぱら衝動買いの対象になりやすいのだ。
 この商材のインパクトを、消費者の商品受容におけるステップごとの歩どまりで見ると、「知っている人の中で、関心のある人の比率」、「関心のある人の中で、よい評判を聞いた人の比率」などが、それぞれの段階で50%以上あり、商品が認知されれば、関心を喚起し、関心があればよい評判に触れ、評判を知れば購入意向が生まれる強い商材であることがわかる。
 つまり結果論になるが、消費者から「待望されていた」商品だといえる。

情報スパイラルで需要増大

 スーパーに向かう主婦の最大の悩みは、家族の健康に気を配りながら、不況下で節約もでき、おいしくて飽きない食材と365日のメニューである。家で食材を調理して食べる「内食」が増え、野菜の中で最も安価なモヤシの消費量が26年ぶりにピークを記録し、朝食に手作りパンを作れる家庭用パン焼き器や粉物が人気なのはこうした事情による。内食作りには、一品でご飯がおいしく、新しい味が楽しめ、おかずのもう一品にもなり、いろいろな用途に使え、しかも、安価で安心できる食材が常に待望されている。
 少ない投資で需要拡大に成功したのは、「情報スパイラル」が生まれたからである。
 スーパーの店頭で、商品のインパクトと手軽さで小学児童を持つ家庭の30代を中心とする主婦の購入の説得に成功し、パソコンを使いこなせる最初の主婦世代である団塊ジュニアの彼女達が、ブログやツイッターで用途や利用方法の情報発信を始め、さらに、テレビCMの投入によって、父親の関心も引くことに成功した。
 これによって供給を上回る需要が創出され、店頭で品薄となり、同時に、噂やネットで知ったものの関心を持った商品が手に入らず、もっとその商品について知りたくなる、という情報不足を生んで、ニュース報道になり、様々なテレビ番組でも取り上げられるようになった。また、ライバルが参入することによっても、いっそう注目度が高まった。さらに、このことがニュースになるメディア間のスパイラルが生まれ、急速な需要創造が生まれ、店頭の品薄と情報不足が続き、著名人や一般の消費者の具入りラー油の手作りレシピが注目を集めるようになる。
 現在では、メニュー提供サイトでも100を超えるレシピが提案されるようになった。

具入りラー油はブームで終わるか

 具入りラー油は、内食作りの消費者に待望されていた食材であった。他方で、市場に定着するかどうかはこれからである。
 毎年、様々な食材がヒットし、収束していく。ナタデココ、本格豆腐、納豆、バナナなど例を枚挙すればきりがない。消費者が常に「新しい刺激」を追い求め、ランキング情報に目を見張り、他者の欲望を模倣しているからである。従って、入手すれば欲望は消え、ブームとして終わる。
 具入りラー油が定着するかは、受容してくれた内食手作り派との競争であり、最初にこの商品を受容してくれた初期購入層の継続購入意向にかかっている。初期購入層の具入りラー油の継続購入意向は、しょうゆなどの既製の調味料の銘柄では90%以上あるのに対し、全体で65%、購入をリードした末子が小学校のステージにある層では53%と高くない。売り手にとっては市場定着の正念場である。

著者情報

JMR生活総合研究所代表取締役

松田久一

まつだ ひさかず

1956年生まれ。同志社大学商学部卒業。日本マーケティング研究所に入社し、情報家電産業や食品・日用品業界でのリサーチ、マーケティング、戦略経営の実務を経て現職。日本マーケティング研究所代表取締役社長を兼務。政府や自治体などの経済関係の専門委員も務めている。著書に『「嫌消費」世代の研究』(2009年、東洋経済新報社)、『「買わない」理由、「買われる」方法』(2010年、朝日新聞出版)ほか

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